葬儀について紹介
葬儀について紹介
葬式は人間が古代から行ってきた儀式と言われており、現在でも世界中で行われる大切なものとされています。
葬儀を行う意味にはいくつかあるのですが、代表的な観点は4つあるとされています。
まず、「心理的観点」から人の死というものを受け入れ、葬式を行うことによって決別することを自覚するもの。
次に、古代から宗教は人の生死を司る思想であったように、「宗教的観点」から死者の魂をなぐさめ、弔いの気持ちを伝えるために行うというもの。
その一方で、「物理的観点」から遺体を葬ることで(火葬、土葬、散骨など)、物理的に死者との決別することを自覚します。
そして、「社会的観点」からいえば、葬式のあとに死亡届などの書類を役所に提出することによって、社会から消え去ることを表しています。
『展覧会の絵』という曲は、私の世代だとEL&Pか富田勳が入り口だった場合が多いと思う。
それほどこの曲はあの『プロムナード』を始め、魅力的かついじりがいのある旋律に溢れているということになる。
上記の二作はおそらくラヴェル編になるオーケストラ・ヴァージョンをさらに編曲し直したものだろうが、本来のピアノ組曲もやはり演奏家それぞれの個性をあますところなく曝け出す(ことのできる)稀なる曲だろう。つまり、誰が弾いても同じようには決して聞こえないのだ。
そして今日初めて聞いたフェルツマンの『展覧会〜』
最初から速めのアプローチ、そしてくっきりと音をつくりだし、緩急自在にテンポを変えていく様はまるでジャズのインプロヴィゼーションを聞いているかのような面白さに襲われる。
そして誰もがここぞ!とばかりにぶつけようとする『キエフ〜』への驚くほど新鮮な切り込み方はほんとうに素晴らしい。
バッハを録音しているらしいけれど、ぜひ聞いてみたいと思った。
最初のプロムナードから、ペダルを踏んだまま、輝かしい残響の中でテーマがたたきつけられる。絵の具をたたきつけて重ねていくような弾き方をしている。音そのものの力と色彩を味わわせるような弾き方である。
ロシア・アバンギャルド芸術を参照するまでもなくロシア芸術には、ひいてはロシア音楽には、「音と音の関係のシステム」としての西欧音楽とは異なったマインドに基づく、音そのものの力を顕そうとするような特性があると思う。そのようなロシア音楽として展覧会の絵を聞くための、とても貴重なディスクであると思う。
このディスクも、フェルツマンの一つの重要な芸の披露であると思われる。フェルツマンが2〜3年前にニューヨークで行ったという20世紀の前衛ロシア作曲家作品のコンサート、"Masterpieces of the Russian Underground" の録音が残っているのだったら、是非CD化して欲しいものである。